短編 | ナノ


▼ 五伏




その日は1日内勤だった。面倒事が無いのはそれでいいのだが、パソコンの画面と一日中向き合うのはそれはそれで疲れる。視力がまた落ちたのか眼鏡の度が少し合わなくなってきているし、腰も肩も痛くなる。それに追い打ちをかけるように日高が同じ間違いをした報告書を何回も持ってくるし最早怒鳴る気力さえ無かった。

「やっと終わったか」
「すみません本当!いや俺もちゃんと気を付けてはいるんです、」
「あーはいはい言い訳はいいからさっさと帰れ」

犬を追い払うように手を振れば伏見さんはまだ帰らないんですか、とまた煩く吠える。まだ仕事が残ってると伝えれば終わるまで待ちますとか言い出す奴を蹴り飛ばして帰らせた。アイツがいると終わる仕事も終わらない。邪魔されて明日に持ち越すのがオチだ。
やっと日高が居なくなりシン、と静まり返ったそこは昼間の喧騒が嘘のようで。 静けさにホッとして息をつく。眠気を促すような暖色の光が眩しい。
するとそんなに間もなくまたドアが開いた。まだ帰ってなかったのか。懲りないなアイツも。
青筋が浮かぶのを感じながら抑えるのも面倒になり思い切り怒鳴った。

「日高ァ!!お前もう帰れつってるだろ!邪魔なんだよ!」
「あーすみませーんお怒り中失礼しますー」

予想外の呑気な声に驚く。ドアの向こうから現れたのは日高じゃなく、私服姿の五島だった。いつも前髪を上に上げてとめているのに今日は下ろしていて、一瞬誰かと思った。

「…何しにきた…んすか」
「あータンマツ忘れちゃって。」

ふふ、残業ですか?と問われ少しイラッとしたがここで五島にあたるのもどうかと思い、そうです。とだけ返しておいた。ごそごそしながらタンマツを探す五島を尻目に自分の仕事を再開させた。とりあえずコレを終わらせたら帰れる。それだけが伏見の救いだった。
暫くガサガサとしていたが、あった!と嬉しそうに言った。それに適当によかったっすねーとだけ返し、ラストスパートと言わんばかりに指を動かした。

「伏見さん、」
「うわぁ!?」

何時の間にか背後に回っていたらしい。目の前の画面に集中しすぎて気付かないなんて、俺らしくないなと思った。それを読み取られたように背後でくすりと笑ったあと、伏見さんらしくないですね、と。

「…疲れてんだよ」
「そうらしいですねー見てわかります」

そう言いながら俺の肩を揉み始めた。何やってんだと手を払おうとも思ったが何だかあまりにもコイツの揉み方が上手くてされるがままになる。まあ悪い気はしない。

「んふふ、僕肩揉み上手くないですか?」
「……普通」
「あれー?上手いってよく言われるのになぁ」

肘も使って揉み出す五島。これ前に十束さんがマッサージにハマってたときにやられてすごい下手くそで痛かったやつだ。でもその時の痛みは微塵も感じられなくて、すごく気持ち良くて思わず変な声が上がるくらいだった。

「あー…五島、そこ、」
「ここ、ですか?」
「んッ、そこ、いい」

やっぱ気持ちいいんじゃないですかーとぐりぐりとイイ場所を刺激される。はいはい、気持ちいいですと素直に認めれば嬉しいですーと棒読みで返ってきた。
どちらからともなく無言になり、部屋が静まりかえる。陽がいい具合に傾いてきているのもあり、心地よさに睡魔が襲ってきた。こんなところで寝るわけにはいかないとはわかっているのだが、勝てそうにもなく、首がかくんとしてしまう。それを見て五島はんふふ、と笑ったあと、手の動きを止めて床に足をついて伏見の顔を除きこんだ。

「眠いんですか?」
「んー…5分だけ…」
「ダメですよ、こんなとこで寝たら風邪引いちゃいます」

起こしてあげます、と声が聞こえたあと、ふいに顔を上げられて唇に柔らかいものが当たった感じがした。そのあと生暖かいものが唇を這ったあと、ちゅ、とリップ音がなった。

「…?」
「ふふ、」
「……ーーー!?」

一瞬何をされたか理解ができなくて反応が遅くなってしまった。あろうことかコイツは上司にキスをかましたのだ。しかも男に。

「なっ…な、何やってんだお前!」
「お、目ぇ覚めたみたいですね、よかったよかった」

じゃあ僕帰りますねー、失礼しますーとそのままパタンとドアを閉めて消えてしまった。唇にはまだ五島に舐められた舌の感覚が残っていてゾワリとした。

「……集中できねー」






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